COLUMN

IT企業ができる寺院支援サービスとは

T.HIGUCHI

TH(プロデューサー)

時代が流れ、様々な技術や事業が発展していく一方で危機を迎えているものがある。それは寺院だ。日本の宝である寺院が今、根絶の危機にさらされている。現代に生きる若い世代の脳裏から、葬儀や墓地などの仏事に関する意識が薄れていっていることは誰でもそれとなく感じていることだろう。世話になった故人に対する感謝の気持ちよりも、いかに費用を抑え、手間を省くかという思考を働かせるのである。日本の最大の美点であった仲間意識や人と人とのつながりを重んじる感情はもはや薄れているのだ。これは由々しき事態ではあるものの、こういった人々の考え方を元に戻すことは限りなく不可能に近い。だとすれば、今の寺院がすべきことは古くからのしきたりに固執することではなく、彼らに適応していくことなのである。

すでに兆候は表れている。今や多くの寺院が永代供養や納骨堂といった、悪く言えば〝故人を軽視した〟供養の方法を実践している。本来、子孫や子供が継いでいくべき墓地を手放し、遺骨の供養と管理を寺院に一任するのである。家族や親戚が集って故人の葬式を厳かに行い、毎年墓参りに行くという習慣は終わったのだ。
そして、そうした考え方の変遷に伴って必要となってくるのは情報だ。仏事に関心がないということは、つまり菩提寺を持っていないのとニアイコール。いざ大切な人が亡くなり、葬儀をしなくてはと思った際にどうしていいか分からない。誰かに相談しようにも、身近に知っている人間がいない。そこで多くの人々が考えるのはやはりインターネット検索なのである。困ったらインターネットというのはもはや常識になりつつある、いや常識であると断言できるほど、インターネットは社会に根付いている。つまり、寺院の危機を救うことができるのはインターネットを扱うIT企業といっても過言ではないのである。

IT企業ができることは実に多彩だ。広告という形態で寺院や葬儀に関する情報を発信したり、現代人が興味を持てる形のサービスとして展開する。それは本来の寺院のあるべき姿とは程遠いのかもしれない。だが、日本が世界に誇れる寺院を残していくためにはある程度の譲歩は必要なのである。インターネットの普及によって人々の視野が広がり、これまで身近にあったものに対する意識が薄れていった。もしかすると、人々から寺院や仏事への関心を奪ったのはインターネットなのかもしれない。だが皮肉にも、その寺院を救うのもまたインターネットなのである。

SHARE ON

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る